瑞鶴の話

2015年08月10日

戦後70年だそうですね。提督の皆さんこんにちはホロフカです。

皆さんの周りには戦争に行かれた方、おりますか?今回は俺のとうちゃんの一番上の
兄さんの話を聞く機会がありましたので少々。いや、長文。


兄さんは召集令状(赤紙)をもらって「瑞鶴」という空母に乗ったそうです。
その一番後ろの対空砲の銃座か何かを任されていたそうで、手紙には飛行機の着艦が良く見え
たと書いてあったそうです。

聞けばこの瑞鶴という空母、ネットでしらべるとえらく幸運な船で建造時に死者なし、
数回の激戦でも被弾がない、もしくは一番少ないみたいな話が載ってます。いわゆる
「幸運艦」と呼ばれていたそうです。

ある年のお盆にこの兄さんの戦友だったという人が、お線香をあげに来てくれた時に
こんな話を聞きました。

なんでもこの方、兄さんの対空砲(高射砲?)に配置されていたが、レイテ沖海戦前日に
班替えがあって前の砲台に配置されたとの事。それが運命を変えたそうです。

その日、兄さんの班にえらい人(かなり嫌な人だったみたい)が、急にやってきて
「お前らの中、誰でもいいから前の砲台に行け!」と言われたそうです。そこで中々
決まらず代表である兄さんが「行きます」と言ったら「おさ(班長?)が抜ける気か!」と
殴られそうになったので、戦友さんがとっさに「俺が行きます!」と言ったそうです。

やがてレイテ沖海戦が始まり、敵の飛行機が猛攻を加えて来たそうです。「幸運艦」だけあり
初めての攻撃らしい攻撃を受けて混乱を極めたそうです。どう考えても完全な見間違いだが、
来てもいない味方機が来たから対空砲を止めるよう指示が出たり、上官も一箇所に2人3人
固まって怒鳴り合いしてたり。

そうこうしているうち、艦の後ろから大きな音、黒煙が上がったそうです。
(戦友さん「バガァァアーン!!」と大声、よほどの爆発だったと思われる)
兄さんの砲台だとすぐにわかったそうですが、持ち場は離れられません。

やがて総員退艦の命令が出た時、戦友さんはドサクサで兄さんを探しに行きましたが、
皆、大混乱。大の大人が悲鳴をあげて飛び出してたそうです。有名なこの退艦写真には
感じられないパニックがあった様です。甲板上では結局見つからなかったそうです。

いよいよ海に飛び込む事になり、白いふんどしをほっかむりにして頭に巻いたそうです。
海の中で見つけてもらいやすい様にそうするそうです。

海に飛び込んだ戦友さんは赤い目印のある材木を見つけてそれをつかんで浮いていましたが、
軍刀を抜いた将校が近寄ってきて脅しとられてしまったそうです。

次に戦友さんの近くに樽が流れて来たそうですが、丸い樽はつかまろうとするとクルリと
回って掴み切れなく四苦八苦したそうです。そうこうしていると一人の水兵さんが
現れて二人で反対同士押さえて回らぬようにつかんだそうです。

・・・歌声。はっきりと軍歌が聞こえてきたそうです、水面に浮かぶ水兵が喜びにも似た
大声で合唱したそうです。樽の反対側を押さえていた子供の様な水兵はその歌を聞きながら
死んだそうです。

また、樽が回りだしどうにもならなくなった時、出来過ぎですが、さっきの赤い目印の材木が
流れて来たそうです。必死に捕まえてそれでどうにか救助までしのいだそうです。


時々聞こえる悲鳴はサメに食われた人の声、恐ろしくなって泣いても、若い水兵の顔、なぜか
軍刀の将校の顔を思い出し泣いても、泣き止んでも尚、まだ助けは来なかったそうです。
ようやく助けが来た時には生きる死ぬがどうでも良くなった頃だそうです。


どれほどの体験だったのか、「だそうです」でしか語れない私が書き綴っても、戦友さんの
体験、思いの「万分の一」も伝え切れてないと思います。しかしここまで読んでくれた
あなたに何か伝われば幸いです。


時は流れ、時代は変わり、おかげさまでとても平和な日本で暮らしています。
平和しか知らないサバゲーで遊ぶ大人になりました。ゲームやごっこで楽しむ平和な時代。


「艦これ」。私は提督ではありませんが、ズイカクを見ると特別な思いがこみあげます


  


Posted by ホロフカ at 23:52Comments(4)雑談・その他