前前前世も違う

2016年10月09日

某日/札幌:ススキノに近いバー、円卓を囲み元サバゲーメンバーで集まる。
     みんな同い年、中学はみんな一緒。


ホロフカ「で、未だにサバゲーしてるのよ。俺はね。」

ナセル 「なし崩しじゃないけど俺も再開したわー。」

タイガー「あれからずーっとサバゲーしてるんだ、
      ある意味すごいな。」


カズカズ「なるほど、俺は自転車にハマって
      大変な金額をだなー。」

マスード「アパッチ隊長!」(ホロフカの旧コードネーム)

ナセル 「モヒート下さい、こいつ(ホロフカ)はノンアルタイプで」


★酒も進み、モテキの話題になる。

マスード「一番モテたのは専門学校の時、そのときが一番で、
      女子に告られたんだよ」

タイガー「へー」←スマホいじりながら


カズカズ「え?なに?告白されたって?」

マスード「そー、専門学校で、一番の美人にイキナリだよ。
      マジであせったわ」

ホロフカ「可愛かったのか?そいつ、美人?どっち系?」
      ←身を乗り出す。

マスード「んーとねぇ、すっごい美人で、えっと、
      めちゃくちゃ可愛いの」

ナセル 「だからどんなだよ!(怒)」←今日イチのキレで

カズカズ「わからんてwww」

マスード「すっごい!すっごい!美人!」
      ←ボリュームMAXで

ホロフカ「いや、、だから、”すっごい”を強調じゃなくてだなw」

ナセル 「…お前ら風に言うとだな、AKBの大島優子に似てるとか、
      そういう”例え”を出せと言ってるんだ。」
      ←AKBの所、抵抗感を出す

タイガー「そのほうが想像しやすいし、話も見えるし、」

ホロフカ「じゃあ勝手に掘北真紀で俺の頭に登場してもらう!
      いえーい!」

カズカズ「あ!橋本環奈もいいよねー!」←ホロフカと指差しあう

ナセル 「お前らうるせー、で、誰よ。例えるならその美人は?」

マスード「んー、NMB48の山田奈々にそっくりだった!
      マジで!いきうつし!」


全員  「し、しらねぇえぇぇぇ!」←昭和コントのずっこけ

マスード「マジだって!そっくりなんだって!」

タイガー「違う、ソコじゃないwww」


ナセル 「知らん奴例えに出すなしwそいつ誰よww」

ホロフカ「ナセルが珍しくアイドルを例えに出したのに
      NMB48ってwww」

カズカズ「や、山田しらねえwww腹痛ぇw」
      ←窒息気味に

ナセル 「モヒート下さい、こいつ(ホロフカ)はコーラで」


タイガー「で?」←デジカメいじりながら

マスード「そうそう、で、そのクラス一番の
      美人の子が・・・」

ホロフカ「エヌエムビーフォーティーエイトの
      山田奈々ちゃんね!!」

カズカズ「やめれwww(笑)」

ナセル 「しらふでNMBとか騒ぐんじゃねえょ(笑)」

マスード「その子が専門学校の朝の会、朝礼みたいな奴。
      そこでさー、いきなり俺に告白してきたんだよー。
      マジであせったよー。」

タイガー「ええっ?!」←スマホいじり中断、顔を上げる


ナセル 「・・・朝礼ったらアレか?ほかの生徒とかも
      みんな集まった状態だよな。」

カズカズ「それっておかしくな…」


ホロフカ「シッ!待て待て、聞こか。」(悪い目)

マスード「朝礼の時にー。」

ホロフカ「山田奈々ちゃんがーww」
      ←ナセル、ホロフカの肩を無言パンチ。

マスード「突然立ち上がって、「マスード大好きー。」って
      叫んだんだよー。まいったよー。」
     ←照れ笑い




ナセル 「・・・いやいや、おかしいでしょソレ、
      どう考えたって罠でしょ。」

タイガー「ソレ、だまされてるって、クラスの反応は?
      笑ってなかった?」

マスード「いや、笑ってたけどさ、俺そのときは”ありがとう”
      としか言えなかったよ」

カズカズ「え?本気で言ってんのマスード?ネタでしょ?」

マスード「いや、本気っていうか本当にあったんだって、
      朝の朝礼のときに…」

タイガー「――違う、ソコじゃない」


ホロフカ「なぁ、その”奈々ちゃん”との接点ってなによ?
      家庭科実習の時に一緒にカツ丼作ったとか、
      林間学校で肝試しの時にペアで歩いたとか、」

マスード「いや、そういう接点は無くて、突然朝の朝礼の時に…」

ホロフカ「朝やるのは朝礼だから”朝の”はいらない、じゃあ、
      “なんの接点も無い”“クラス一番の美人”の奈々ちゃんが、
      マスード一人を呼び出して、はにかみながら…
      じゃなく!衆人環視の朝礼の時間に大声で
      君に告白したと?!」

カズカズ「それさー、告白じゃなくて、すごくイタい話…」

タイガー「・・・で、どうなったの?」

マスード「まさかさー、みんなの前でハイともゴメンナサイも
      出来ないジャン?」


全員  「ゴメンナサイィ!??」
     「ごめんなさいの選択枝あるの?!」

マスード「だから、”ありがとう”って言うのが精一杯だったよー。
      マジであせったし!」

ホロフカ「…んで、朝礼の時さ、クラスのみんな
      どうだった?笑ってなかった?奈々ちゃんの方じゃなく
      マスードの方を向いて笑ってなかった?!」

カズカズ「いたいいたいいたいホロフカ、痛い」

ホロフカ「クラス一の美人が、何の接点もないMに全員の前で
      ”告白”をしたと!“ごめんなさい”出来ないから、
      ありがとうにしたと!そんな「前前前世」みたいな
      超展開がモテモテMAXだと、これでいいか?」

タイガー「ごめんなさい!」(テーブル土下座)

ナセル 「ふぅ…もうやめよう、この話題。激痛だ。」

マスード「いや!マジで専門学校の時にあったんだって!
      モテたんだって!ほんとーだって!」

全員   「違う!そこじゃねぇ!www」


タイガー 「ところで、今思い出したんだけど、この店。
       付き合ってた彼女と別れ話した店だった。
       それもこのテーブルで。」

全員   「おええええええええ」

そんなこんなで約一名が勘違いを、おそらくはあれだけヒントをあげたのに、
今、現在も勘違いしたままだと言う事が判った。

いつもの面子、だいたいこんな感じで飲んでます。  


Posted by ホロフカ at 04:26Comments(8)雑談・その他

引き返したゼロ戦

2016年08月16日

皆さんこんばんわ。テレビではリオ五輪一色ですね。。
まあ、終戦特集より数字がとれますからねー。


この時期だからこそ、ブログの毛色を変えてお話を一つ。
写真はネットから拾った「ゼロ戦」の画像です。ホロフカは
飛行機の種類は詳しくありませんのでご容赦下さい。

では、

これは私のおじいさんのお話。聞いたのはホロフカが中学生
だった時の話。戦争・兵器に今より興味が無かった時期の話(笑)
だからあやふやな所があります。

おじいさんはとっくに亡くなったので、二度とは聞けない話。

うちの爺さんは太平洋戦争中、いわゆる「飛行機乗り」だった
そうで、南方の島で米軍の爆撃機相手に戦っていたそうだ、
南方の島とだけで、詳しくはわからなかった・・・。

乗っていたのは一人で操縦する白い「ゼロ戦」だったそうだ、
親戚のお兄ちゃんが聞いた「色」から21型だったと思われる。

爺さんは米軍の爆撃機を落とす事は出来なかったと言っていた。
出撃して、何も落とさず帰ってくるとひどい言われ様だったそうだ。

「非国民」「無駄飯食らい」「臆病者」なんと言われようが、
こればっかりは仕方が無かったが、それよりひどい時は
竹刀・・・ではなく、木刀・・・のまだ太い奴?!で上官に全身を
殴られたそうだ。

で、色々南方であった事はいつも端折っていたじいさん。
当時はあんまり思い出が無いのか?と思っていたが、
今となっては「言いたくない」が大きかったんだろう。


南方から引き上げ、本土決戦に備え、本州の基地に配属された
爺さん。中学生の俺はどこの基地かを聞きそびれた。

ついに爺さんも「神風特別攻撃隊」に編成されたのだ・・・。

だが、今ココに子孫である私がいる。爺さんがどうして生き延び
たのか、、、、こんな話だった。


特攻隊の訓練は”ほぼ毎日”繰り返されていたそうだ、爺さんは
毎日「死」について考えたそうだ、それは残された家族の事を
考えたり、恐怖におびえるものではなく、上官と語るときは
「お国のために」を口走るが、


戦友だけで語る時は「生まれ変わったら何になりたいか?」の
話題がもっぱらだったそうだ、

「千両役者になって女に囲まれる」とか、「女になってみたい」
「サメになれりゃ、誰にも食われねえ」若者らしい荒唐無稽な
夢を語ったそうだ、だが、最後には誰かが泣くらしい。
泣き喚かず、ただ涙を流すらしい。

特攻だから「死」は逃れられない。だからどんな気持ちで毎日
過ごしていたのだろう。中学生の俺はその状況が純粋に怖かった。

爺さんにもある日、出撃の命令が出た。名前を呼ばれた時、
血が止まり、全身がしびれて倒れそうになったそうだ、
毎日結んでいた靴紐が結べなくなったらしい。
手が震えたのではなく、”忘れて”しまったらしい。

戦友が結んでくれた靴を履き、整列して隊長さんの話を聞いた。

「こうなったら覚悟を決めろ!俺の後にしっかりついて来い!」
怒りなのか、真っ赤な顔してわめき散らしていたそうだ。

いつもは冷静沈着な面倒見の良い人だったが、鬼のような顔を
していたそうだ、実際怖くてまともに見れなかったと話していた。

いよいよ基地からやっぱり白いゼロ戦(21型)に乗ったそうだ。
爆弾は緑のゼロ戦(52型?)が積んでて、白いのには積んでなかった
そうだ、さすがの爺さんも「これでは敵を沈められない」と
情けなくなったそうだ、・・・確かに、何のためだったんだ・・・。

やがて淡々と離陸。何も考えられなかったそうだ。


だが、

5分ほど飛んだ時だったそうだ、爺さんじゃなく同僚の機が
隊長に何回か呼びかけをしているのに気がついた。

「隊長!応答ください!進路がずれております!修正を!」
「隊長!このままでは戻れなくなります!応答ください!」

爺さんも呼びかけるが応答無く、異常な軌道で飛ぶ隊長機、
高度を上げたり、羽根をバタバタ振ったり。全くの異常だった
らしい。


必死に呼びかけ、神風編隊からも離れた爺さんの隊、
隊長は急にぴたりと安定飛行を始めたらしい。

「隊長!!」仲間が怒声混じりに呼びかけると、同時に返事があった。
「ワハハハッ!!お前たち!俺に付いて来い!命令だぁっ!!」

隊長の笑い声交じりの命令、言うが早いか隊長は一気に機体を
ひねり、基地に向かって矢のように一直線に飛んだらしい。


その後を同僚機が追う、「どういうつもりだ!○○!」
とうとう爺さんも隊長の名前を呼び捨てにしたそうだ。

爺さんも訳がわからず隊長機を追う、隊長機を追ったのは爺さん
含め4機、中には隊長機を撃つと言い出した奴までいたそうだ。

必死で追う4機、隊長機は何も言わず基地に向かって
飛び続け、やがて滑走路が見えて来た。


爺さんは、この時なにか景色に色が付いた様な気がしたそうだ。
わめいて追いかけた同僚たちもこの時点でわめくのを止める。

爺さんは自分も隊長も「きっとひどい罰を受ける」と覚悟したらしい。

隊長のゼロ戦が乱暴に着陸する。
帰ってくる機体がいるなんて想定して無いから滑走路は大混乱。

そんな中、隊長は飛行機のエンジンを切り、出撃前の様に直立して
いたのが見えた。表情は深くかぶった飛行帽で見えなかったらしい。

爺さんたちの4機もバラバラに止めて隊長に駆け寄ろうとしたが、
整備兵に引き倒され、問答無用で上官に引き渡され、
それから例の棒で4人は動けなくなるまで殴り続けられたそうだ。

その日、爺さんは営倉?留置所みたいな所に入れられた。
滅多打ちで体は動かないが口は動いた、
4人の同僚と隊長の行動を話し合った、逃げたのか?
逃がしてくれた?気がふれた?


結局わからず仕舞いで、朝を向かえ、次の日聞いたのは
陛下の「玉音放送」だったそうだ。


その隊長は、それを最後に姿を見ていない、終戦後、4人で調べたが、
生きてるとも死んでるとも判らなかったそうだ・・・。

この話にはオチはない。

でもこの実話のおかげさまで、終戦の翌年父が生まれ、やがて
私が生まれ、、、ココにブログを書けている・・・。


運命とは、実になんと言うか。。。
私ごときが「何」と言えるのだろう・・・。  


Posted by ホロフカ at 00:40Comments(10)雑談・その他

やわらか軟式一周年。

2016年04月19日

皆さんこんにちは。
このたび、私こと「ホロフカ」のミリタリーブログ「軟式サバゲー部」は
「連載だいたい1周年くらい」を迎える事となりました。イェイ!

テンションが余ったので描きました。いやあ、お恥ずかしい。
イラストの随所に90年代の技法が残っています(笑)
かつては「同人誌で食っていけるんじゃないか?」そんな錯覚をした時期もありました。
私のイラストで”お世話”になった方もこの世にはいるはず…。
肝心の「軟式サバゲー部一周年」がしくじったのでスミ入れ中止です(笑)

イラストさておき、ブログです。


特別な努力もせず、義務を果たさず権利を主張、ぬるま湯に肩まで浸かって、誰かが
甘い汁だけ口に運んでくれる事をいまだに”本気で”夢見る私。

よくブログ続けたと思う(笑)いや笑う。
自分で自分を褒めてやりたい。ご褒美スイーツは決まってマシュマロ。炭火で焼いたヤツ。


こうして過去の記事なんかを振り返ると、毒にも薬にもならないネタで満載。しかし
秋葉原多いな(笑)かなりの自己満足と、足跡やコメント欄を”糧”にして続いたのは
間違いのない事実、この場を借りてあなた方にお礼申しげます。

ブログ良かったなと思うのは、コレ自体がサバゲライフの記録になってるって事。
「あの日~♪あの時~♪あの場所で~君に(小田)」歌詞まんまになってます。




私自身、昨年度は「マタギのアジト」さんのフィールド一本で活動していましたが、
懐かしい戦友たちが偶然訪れての再会、新たな方々との出会い、1年で沢山ありました。
これって、普通の生活だと「中々無い」貴重な事だと思いますよ。思いません?



いい写真だなー。なんだろう、少し泣く(笑)

カメラも途中で格段にグレードアップしまして、カメラライフも始まりました。

旧友、戦友にはオッスで行けるが、新しい人に声を掛けるのはちょっと照れます。
が、この趣味の人って総じて「紳士」が多いです。「変態紳士」も多数いますが、


映画の兵隊みたいな「荒くれ者」って、キャラ作り以外であんまりいないと思います。
みんな基本イイヤツ。雑にまとめてそんな印象ですね。

そうそう、今年の抱負的な事を述べますと、「なるべく秋葉原に行きたいです!」
…ウソウソ、、パッションあふれ出た、半分本気の嘘です(笑)。


「今年は色々遠征がしたい」と考えています、去年から大きなフィールドが出来たり、
ミリブロ覗けばいろんな場所がある事を知りました。だから見聞・知見を広めるべく、
あちこちに遠征したい!と、考えています。せっかく広い北海道ですしー。
気持ちだけはまだまだ若いんですぅ。ですですぅ。(激痛)



”見てくれの印象”はあなたの主観に任せますが、内面は怖い男ではありません。
フィールドで見かけた時は声を掛けて下さい。気分次第では突然歌います(←怖い)


さてさて、今後も体力、時間の許す限り「サバゲー」という趣味を満喫したいと思います。


  


Posted by ホロフカ at 01:20Comments(11)雑談・その他

実弾射撃inハワイ

2016年02月17日

ハワイに行って来ました。


いやー熱かったです、日差しが日本のソレとは全く違って肌じゃなく肉を焼く気で
照ってるの、非常識にも程がある日差しでした。


写真はハワイのアメリカ陸軍博物館の屋外展示だった「95式軽戦車」です。
いや、見事な軽。素人カテゴライズでも間違えられる事無く”軽”でしょう


ホロフカはぴったり180cmなので比べるとお解かりいただけるだろうか?
戦車は車高2.28mのカタログデータ。ランクルよりちょっとデカイくらい?
装甲はランクルのほうが厚いかも?と錯覚してしまいます。



リベット打ちっぱなし。雑な溶接、黄色の車体は愛されポイント満載。


・・・しかしこの戦車に命を預けていた方もいるんだよな。今の平和がありがたい。
隣に米国戦車が置いてあったが写真忘れました。興味も無かったかも(笑)


バイクを借りて気ままな旅、ノーヘルでオッケーだが殺人的直射日光のため、
「HEY!サングラスヲワスレルナヨ、ジャパニーズ」とレンタルバイクの親父に
忠告されてます。


次に向かったのは「ハワイガンクラブ」という射撃屋さん。
町の真ん中、アロハ屋とアイス屋の間に挟まれるように実弾射撃屋さん。
コンビニ並みのフランクな構え方(笑)


さっそく入るとコースを選択させてくれます。無論、せっかく海外から来てるので
一番いいVIPコース($195)でお願いした。M16、AK47、12ショットガン、
あとは知らないライフル・・・。知らないライフルって、よし、交渉だ。

ホロフカ「ノー知らないライフル、知らないライフルキャンセル、プリーズ
     45口径リボルバー、プラスリボルバー!ダーティーハリー!」

店員 「ふぁっ?」

ホロフカ「Mイチロクオーケー、AKヨンナナオーケー、ノー知らないライフル
     プリーズ45口径!」

店員 「ふぁっ?イチロークン?」

あまりに痛々しい日本人のやり取りを見ていた、英語が出来る日本の女性が
たまらず通訳してくれて事なきを得ました。ここは米国、これ以上の不審者には
容赦なく腰の物を抜いたでしょう(笑)イチロクもヨンナナも日本語です。
困ったら指を指せとアドバイスもいただきました。どうにか交渉成立です。

お金を支払って早速シューティングレーンに、レーンに漂う硝煙の匂い。
コレが硝煙か。。。おしっこみたいな。。花火みたいな。。日本に無い匂い。
さっきの交渉を聞いていたのかレーンの兄貴はすっかり警戒モード。
たぶん「ルー大柴」と同じ扱い。

まずは【M16】から 写真は後述のシュワルツ。

渡された時から「東京マルイ」を感じる(笑)ベトナムで米兵が「トイガン」と言って
信頼しなかったのも判る。でも重さは金属バリバリの実物そのもの。・・・でも、
知り合いの「中尉」の銃もコレと変わらんし、、、とにもかくにもインストラクターの
兄貴が荒々しく構えを教えてくれる。・・・やだ、、ムキムキで力強い(笑)

「トン」「トン」

発射音はこんな感じで、反動も少なく狙ったところに比較的当たる。素直な銃だった。
危険な程に素直。コレで敵を、人を打つと感覚が狂うな・・・。怖い怖い。。

【AK47】

正直コレが撃ちたかった、これこそ東京マルイを持ってるので実物には憧れた。
構えるとすぐに違和感。グリップ薄!!モーター入ってないからか(笑)
インストラクターの兄貴、面倒なので”シュワルツ”が構えを教えてくれるが、
今度は私が正しく構えたので驚いた様子。「ナニモノ?」くらいの眼差し。

「バン」「バム」「バガ」

発射音を書くとこんな感じ、破裂音で一定しない。反動もM16と比べて荒い。
フルで撃ったら何に当たるか判らん感じ。頼んでイヤーマフ外して撃ってみた。

2度としない(笑)

映画でも実戦でも皆大声になるのはたぶん発射音のせいだろう。
シュワルツに空薬莢ねだったら3個くれた。イイやつなのかもしれない。

【ショットガン】

細かい名前は判らない、色・形・雰囲気ともに”ザ・ショットガン”だった。
AKで何か感じたのか、面倒になったのか細かい指導はナシ。シュワルツ適当。

「ガァァン!」「ガァァン!」

発射音が桁違いにデカイ、イヤーマフ無しとかは耳が色々マズイ事になると思う。
思いの他これも素直な弾道。M16と比べても思った所に飛んでく。ショットガン
だから絶対マトには当たったけどね。シェルが飛ぶのは痺れたね。


【45口径リボルバー】

トイガン脳で検索すると多分「コルトパイソン」だと思う。間違いなく45口径。
この銃は鎖が付いてて壁にフック止めされた。落としたらまずいからだな・・。
半眼だったシュワルツも急に気合の射撃指導。何?そんなドエラモンなの?何?
緊張してしまうじゃない?恐る恐る引き金をしぼ・・・。

「バガァアァン!」

発ー射ー!!!!
ええぇえ?引き金触った程度なのに発射?!これが、マグナムの
”フェザータッチ”って奴ですか?写真のとおり手が離れました。6発撃って
保持出来たのは最後の1発だけ。がっちり押さえてるのに・・・。マグナムの
引き金はもう少し重くするべきだと思う。単純に危ねぇわ(笑)

こうして実弾射撃終了。撃った銃なら実銃の感想を少しは言える。実績解除。



マグナムで痺れる腕をさすってる私を見てシュワルツが「ウェイト」と
人差し指を立てる。待っていると床に転がったマグナムの空薬莢をくれた。
シュワルツ。。。イイやつだなお前。

さっきの日本人女性に頼んでシュワルツに感謝を伝えてもらった。
するとシュワルツが歩み寄って来て。

「オーケー!ボウィ、ハバナイスディ!」と頭をなでてくれた(笑)
白人様!俺はいくつに見えたんだよ(笑)


・・・・って、コレ10年前のお話でしたー。ちゃんちゃん。
写真整理してたら出てきたのよ。



  


Posted by ホロフカ at 23:38Comments(13)雑談・その他

今年も残す所、、。一片の悔い無し

2015年12月26日

メリー!

あ、終わってる。
昔、サンタさんに「ビグロ」を頼んだのに「グラブロ」が入っていて泣いた俺。
なぜだ!父さ・・・いや、サンタさん!



はい、「軟式サバゲー部!」をいつも読んでいただいてる皆様。
今年も残す所わずかとなりました。

ブログを始めたのは今年、飽きっぽい私もどうにか今まで続ける事が出来ています。
サバゲーに参加した記録と、自分の日記・メモとして書き綴ってきました。



今年の4月に始めたこのブログもおかげ様で「13000ヒット」となりました。
疑わしいブログランキングでも時々道内「神7」入り出来たり。
無責任、書きっぱなしで片寄りのあるこのブログを、多くの方が見てくれた証です。



どんな事書いたかさっき読み返しましたが、、。ひどい(笑)、想像以上に適当、
ま、ガチから程遠い「軟式」なので問題ないか(笑)

銃は整備が出来ないものは努力せずに人任せ(笑)、下手すりゃ出来るものまで・・。
基本、箱出しで満足ですが、せめて軽微な故障は直せるようになりたいもんです。



今年のゲームは近場の「マタギのアジト」さん一本でした。おかげで
なじみの顔、知り合いも増えました。引っ込み気味のホロフカにとって大変な
躍進の1年になったのは間違いないです。忘年会とか、一泊夜戦(←未経験)とか、
他のフィールドには無い”近さ”を感じました。

・・・基本、撃ったり、撃たれたりする世界に育ったので。。

今年は色んな人に再会出来ました。
昔の戦友、昔々の戦友、釧路、札幌、旭川、、、もろもろの再会がありました。
旧友には基本ハグです。






でもまあ、一番感謝はここに書き込みをくれる皆さんですね。
ツッコミだったり、同調だったり、ブログでのこういうやり取りは初めての経験。
新鮮で自宅に居ながらフィールドにいる気分です。
足跡もわくわくしますね。誰なんだろうと遊びに行きます。

直接ブログの感想を言ってくれる方、「読んでます楽しみにしてるよ」なんて
毎度声を掛けてくださる方もおります。

尚、ツイッターやFBはやってません。聞かれた事ありますがきっと偽者です(笑)
あるSNSで一部に紹介したので、実は主婦の方も数人見てます。あまりに違う
内容で置いてけぼりにしてるハズです(笑)

いつだったかの札幌から来られた方からも「読んでますよ」と言われた時は
ああ、やってて良かったなと心底思えました。
ここのブログ、飽きるまで、くじけるまで続けてみようかと思います。
職場バレの際はいきなり消えますが(笑)



で、冬になると極端にネタがなくなる事も思い知りました(笑)
更新ペースは露骨に落ちてます。

年末年始の激務<遊びほうけのため、今年はココでいったん締めようと思います。
どうも1年お世話になりましたー。

いつもブログを見てくれてるみなさん、
今回はじめて見たあなた、どこの誰かなんかこの際どうでもいい!
とにかく良いお年を!



  


Posted by ホロフカ at 01:13Comments(6)雑談・その他

厚田から十余年

2015年11月10日

みなさん何時見てもこんにちは。

冬支度を前に押入れを整理していたらこんなものが出てきました。何なのかわかります?
「厚田村・UFOパーク」での№プレートですね。知ってる人何人いるか…。
友人と弟のナンバーもある。


参加者はもれなくこれを着用してました。不正があった場合ナンバーで司会者に申告する
画期的なシステム。意外と良かったですね。「米軍装備の奴がゾンビだ!」と言われても
米軍だらけ(笑)ナンバーならハッキリして良かったかな。

あと、こんなものも出てきました。「エンディバー」会員証。ああ、懐かしや×2


ホロフカが初めて“電動ガン”を買ったお店です。サバゲ―を始めようと思った訳でもなく
なんかオモチャがほしいな、ラジコンとどっちにしようかな?みたいなお手軽スナック
感覚で買いましたね。

買ったのは東京マルイ「AK-47S」でした。当時、テレビで見る“悪い人”“ゲリラ”は
みんなコレ持ってましたからね。「モーゼル98K」とも迷ったんですが、こっちを選び、
その日のうちに“とあるタクティカルなチーム”にサバイバルゲームに誘っていただき、
現在のサバゲライフになります。


あの日買ったのがもし、単発モーゼルだったら初心者の俺はサバゲ―の楽しさを
見いだせなかったでしょう。
AKを選んだだけ、それだけでその後が変わりました(笑)



厚田では無線で組織的な戦闘を経験しました。大人数チームが群雄割拠した時代。
ホロフカも小さな一軍を率いる「隊長」と呼ばれていた時代がありました。(遠い目)
懐かしい写真も貼ろう。東ドイツ+中国という謎装備。…やだ、俺若いー。(笑)

厚田の、特に森林フィールドで遊ぶ時には無線機が大活躍でした。なにせ森林です。
ターザンじゃなし大声出したって通りませんし、札幌の強豪チームが集合するそんな
フィールドで大声自体が自殺行為になりました。

そこで無線機。私のコールサインは「アパッチ」チームメイトは「ナバホ」「スー」「モヒカン」「イロコイ」…うちのチームは“インディアンの部族名”で統一してました(笑)
モヒカンは実際モヒカンでした。今も時々モヒカンです。



スタート前作戦では若手の我々は主に“搖動部隊”として、最前線まで走って
騒げるだけ騒いで逃げ帰るという単純明快な役割が与えられました(笑)

我々に食い付いた敵を引き付け足止め、その間に米軍装備の精鋭チームと
ドイツ装備の有名チームが旗を狙う、、
ああ、なんてダイナミックな時代だったんだろう(また遠い目)

うちのチームは奇襲、搖動、待ち伏せがメインで“正攻法”では勝てませんでした。
原因は“統率力の無さ”、唯一にして致命傷です(笑)
写真のバラバラな装備見ても伝わると思います。


隊長である私からして“すないぱー”気取りで単独行動の上、指示なし(笑)
米軍、独軍のチームと合同で遊んだ時は、統率力の無さ、アグレッシブな個々、
などの特徴から「リアルなゲリラ役」として珍重されました。



あるいは自主訓練時のアグレッサー部隊として呼んでいただきました。


仲は良いし、今でも集まって遊ぶ仲間ですがチームは自然解散、
ゴルフに山登りに魚釣り。。。
みんな大人になっていきました(遠い目)




え、俺ですか?
いまだにサバゲ―してますけど。なにか?



  


Posted by ホロフカ at 03:51Comments(8)雑談・その他

あの日聞いた艦の名前を僕達はまだ知らない

2015年08月19日

戦後70年だそうですね。提督の皆さん「また」こんにちは。ホロフカです。
8月15日を過ぎたらTVは戦争のセの字も放送しないんですね。流行り物なんですか?

前回の瑞鶴に次いで第2弾の話、親戚のじいちゃんから焼肉を食べながら聞いた話。


G「ホロフカくん、わしも昔は戦争に行っておってな。船に乗っておったがな。」
ホ「海軍さんで、、なんと言う名前の戦艦だったんですか?」
G「だから戦艦だったがな、アリューシャンやレイテも行った、アメリカは
強かったな、○トウの○チクだが根性はあったがな。」


私が何回かさりげなく艦名を何回か聞くが、そのたびに話題がかみ合わない。
老人独自の高いスルースキルと思われる。その後もまだ話は続く。

G「艦の後ろが平らになっててな、そこから艦載機がバーっと飛んでくがな。」
ホ「艦載機?え?戦艦じゃなくて?ですか?航空母艦じゃないんで?」
G「さっきから戦艦だって言ってるがな、砲撃もできるがな。」

たまらず親戚の娘に確認する「大丈夫、ボケてないし。」でも戦艦で飛行機が
発着する?大和とかについてる水上飛行機じゃなく?たぶんゲームでしかないぞ
そんな要塞空母みたいなヤツ。

G「最後は国に戻って来てたんだが、グラマンがどっからか飛んできてな、
ダンダカ、ダンダカ爆弾落としてな!わしが戻ったころには船は真っ黒に
なっとった、四方八方からワヤクチャだった!あの青色は今でも好かん」

最後は国内の港に停泊中にアメリカ軍機に沈められたらしい、その間じいちゃんは
車で(?!)迎えに来たエライさん(?!)と昼食だか晩飯だかに出かけていて、
ちょうど艦を離れていたらしい。料亭(?!)に来た伝令の報告で初めてファっ!
となったらしい。そもそも、じいちゃんの軍服の色は白だったらしい。

ここまで聞いて昼食の焼肉会はお開き。戦艦に興味のない私だが、徹底スルーされ
さすがに艦名が気になった、親戚の娘に「船の名前聞いて来い」とせっつくも、

「ありゅーしゃんからクワマンまで」フルセットで聞かされる上、戦艦名なぞ
興味がないと一蹴される。これだから一般JKは!クワマンじゃねーし!

ヒントは以下の通り。

①アリューシャン列島に行った、レイテ沖海戦に参加している。
②戦艦なのに艦載機を積んでる?もちろん戦艦の大砲も?あるらしい。
③最後は国内のドックで米軍機に沈められた。
④親戚のJKの話では3文字、ダラス?ヒューガ?だったかなと。


その後、自宅のPCで調べると程なくヒットする。
”戦艦「伊勢」”が①~③まで合致する情報が乗ってた。もやもやスッキリ。
ちなみに④は文字数すら合ってなかった。検索ワードの「3文字艦名」を早めに
消すべきで、クワマンとかダラスとか言ってる奴の話なんか聞くべきではなかった。

スッキリついでに、この「伊勢」は航空戦艦というジャンルの船で、お話通り艦載機も飛行甲板も砲も備えたよくばり艦である事がわかりました。あるんだ、こういうの。

さらには前にブログで書いた空母「瑞鶴」を護衛した事も判りました。感慨深いです。
名も知らぬ遠い親戚同士、同じ作戦とは…。運命って不思議です。

次回は私の祖父のお話を、祖父は中国で特別な警官をしていまして―戦後まもなく
進駐軍のMPが祖父の家に…、あ、これ以上はとてもとても、、、。


おじいちゃん、これは平成の「伊勢」です。  


Posted by ホロフカ at 11:06Comments(2)雑談・その他

瑞鶴の話

2015年08月10日

戦後70年だそうですね。提督の皆さんこんにちはホロフカです。

皆さんの周りには戦争に行かれた方、おりますか?今回は俺のとうちゃんの一番上の
兄さんの話を聞く機会がありましたので少々。いや、長文。


兄さんは召集令状(赤紙)をもらって「瑞鶴」という空母に乗ったそうです。
その一番後ろの対空砲の銃座か何かを任されていたそうで、手紙には飛行機の着艦が良く見え
たと書いてあったそうです。

聞けばこの瑞鶴という空母、ネットでしらべるとえらく幸運な船で建造時に死者なし、
数回の激戦でも被弾がない、もしくは一番少ないみたいな話が載ってます。いわゆる
「幸運艦」と呼ばれていたそうです。

ある年のお盆にこの兄さんの戦友だったという人が、お線香をあげに来てくれた時に
こんな話を聞きました。

なんでもこの方、兄さんの対空砲(高射砲?)に配置されていたが、レイテ沖海戦前日に
班替えがあって前の砲台に配置されたとの事。それが運命を変えたそうです。

その日、兄さんの班にえらい人(かなり嫌な人だったみたい)が、急にやってきて
「お前らの中、誰でもいいから前の砲台に行け!」と言われたそうです。そこで中々
決まらず代表である兄さんが「行きます」と言ったら「おさ(班長?)が抜ける気か!」と
殴られそうになったので、戦友さんがとっさに「俺が行きます!」と言ったそうです。

やがてレイテ沖海戦が始まり、敵の飛行機が猛攻を加えて来たそうです。「幸運艦」だけあり
初めての攻撃らしい攻撃を受けて混乱を極めたそうです。どう考えても完全な見間違いだが、
来てもいない味方機が来たから対空砲を止めるよう指示が出たり、上官も一箇所に2人3人
固まって怒鳴り合いしてたり。

そうこうしているうち、艦の後ろから大きな音、黒煙が上がったそうです。
(戦友さん「バガァァアーン!!」と大声、よほどの爆発だったと思われる)
兄さんの砲台だとすぐにわかったそうですが、持ち場は離れられません。

やがて総員退艦の命令が出た時、戦友さんはドサクサで兄さんを探しに行きましたが、
皆、大混乱。大の大人が悲鳴をあげて飛び出してたそうです。有名なこの退艦写真には
感じられないパニックがあった様です。甲板上では結局見つからなかったそうです。

いよいよ海に飛び込む事になり、白いふんどしをほっかむりにして頭に巻いたそうです。
海の中で見つけてもらいやすい様にそうするそうです。

海に飛び込んだ戦友さんは赤い目印のある材木を見つけてそれをつかんで浮いていましたが、
軍刀を抜いた将校が近寄ってきて脅しとられてしまったそうです。

次に戦友さんの近くに樽が流れて来たそうですが、丸い樽はつかまろうとするとクルリと
回って掴み切れなく四苦八苦したそうです。そうこうしていると一人の水兵さんが
現れて二人で反対同士押さえて回らぬようにつかんだそうです。

・・・歌声。はっきりと軍歌が聞こえてきたそうです、水面に浮かぶ水兵が喜びにも似た
大声で合唱したそうです。樽の反対側を押さえていた子供の様な水兵はその歌を聞きながら
死んだそうです。

また、樽が回りだしどうにもならなくなった時、出来過ぎですが、さっきの赤い目印の材木が
流れて来たそうです。必死に捕まえてそれでどうにか救助までしのいだそうです。


時々聞こえる悲鳴はサメに食われた人の声、恐ろしくなって泣いても、若い水兵の顔、なぜか
軍刀の将校の顔を思い出し泣いても、泣き止んでも尚、まだ助けは来なかったそうです。
ようやく助けが来た時には生きる死ぬがどうでも良くなった頃だそうです。


どれほどの体験だったのか、「だそうです」でしか語れない私が書き綴っても、戦友さんの
体験、思いの「万分の一」も伝え切れてないと思います。しかしここまで読んでくれた
あなたに何か伝われば幸いです。


時は流れ、時代は変わり、おかげさまでとても平和な日本で暮らしています。
平和しか知らないサバゲーで遊ぶ大人になりました。ゲームやごっこで楽しむ平和な時代。


「艦これ」。私は提督ではありませんが、ズイカクを見ると特別な思いがこみあげます


  


Posted by ホロフカ at 23:52Comments(4)雑談・その他